| ■ 自分史 1962年〜 |
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■昭和37年
■愛媛県松山市生まれ
妹、弟との3人兄弟
よくカゼをひいたそうだ。
病院が大嫌いで、注射のときは先生の手に噛み付ついていたらしい。
家のテレビをみようとすると、親父が真空管を抜いて、テレビ修理に出かけていたため、泣いていたとのこと。 |
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■余土(よど)小学校
小学6年生まで、かけっこで3等に入ったことがなかった。賞状をもらったこともない。 小学3年生の父親参観日に鼻くそをほじっていて、公衆の面前でおやじに殴られる。
(厳格な父であった。)
王選手のフアンでワンチャンと呼ばれていた。
■余土(よど)中学校
バスケット=青春
ピンクレディに夢中な頃。
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■愛媛県立松山西高校
バスケットとギターに夢中。よく宿題を忘れて蛍雪時代の背で、T先生に殴られていた。
CB無線や、短波放送BCL、トランシーバーに凝る。
ギターで長渕剛”逆流”を引いて元気を出す男であった。
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■愛媛大学法文学部
愛大フォークソング愛好会でドラムをたたいていた。
山下久美子やEPOの音楽が好きで。山下達郎は永遠の存在。
放送局やDUKEのコンサートのアルバイト中心の生活。
夏は愛媛から、沖縄に移住して住んでいた。 |
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■大学卒業後、日本旅行へ
初めての添乗は、中国へ船で。
音楽ツアーを企画するのが好きで、ライブ・アンダー・ザ・スカイ(香港)、スクエア、カシオペア、浜田省吾(渚園)、南こうせつサマーピクニックなどの旅行を企画。
← Tスクエアのメンバーの方とホノルル空港で
自由が丘に10年住む
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■1999年
小中学生の塾をやりながら、生活の糧とし、開業。朝8:00から夕方5:00まではITの営業、6時から9時までは塾の先生、そして深夜までITのシステム制作の2つの顔を持っていた。
机ひとつ、PC1台の出発で、家族からは泣いてサラリーマンに戻れと説得された。
ネバーギブアップの勢いだけで生きていた。炊飯器を持ち込み、ボンカレーが主食であった。
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■2000年
一生懸命やっていれば、いつかチャンスが来る、そう信じていたが、チャンスのかけらさえ巡ってこない。
生活費もない、こんなことでいいのか?と毎日「自分の人生」について自問自答を繰り返す日々であった。
中途半端なビジネスモデルではダメだと確信し、塾を閉塾、退路を断つ思いで、地元の職業案内で技術者を募集しITで生きていく決断をした。「決断」この言葉は本当に重みがある、人間は死と直面するような思いをした時には、本当にパワーが出てくる。
「決断の時」その時に考えたのは、生まれて来たことの意味であった。自分は何でここにいるのか?すごい確率で生まれてきた。意味があって、役割があって生まれてきたはずである。 今までの自分は成功という意味を間違えていた。人のお役に立ってこそ人生なのである。成功をあせるあまり、人間としての奥深い魅力のパワーがなくなっていたのである。 お客様が感動のできる仕事をして、自分のベストを尽くそう、たとえ成功できなくても、その努力が無駄に終わっても、その姿が素敵じゃないか。自分の時代に成功をつかみきれなくても、自分の子供や仲間にそのスピリッツを残していくのが自分の役割ではないか、自分が踏み石になってもいい、次の時代の仲間を成功に導く存在であればいい。そう決断したのである。
わずかの、考え変え方の違いで、自分が自然体になった気がした。
それから、なぜか仕事が取れるようになったのである。 個人経営でありながらも、i-modeのシステム、ホームページの仕事も舞い込んできた、地元の職業案内で募集したH氏と夜なべをしてシステムを製作した。そして大規模開発のD社コンサートシステムを受注。個人経営でありながらチャンスをいただいた、M社長、A常務には、言葉ではいえない感謝の気持ちでいっぱいである。
■2000年9月13日

クレストデジタルズ株式会社設立。
D社システムから、こだわりの技術者 有友を迎えて、新しい船出である。
2000年末、「愛媛県のアクティブベンチャー制度」に応募した。(年間3000万円×2年の補助金)
旅行の企画書は作ったことがあるが、ビジネスプランは初めてである。大前先生の本を読んだり、いろいろなプレゼンの本を読んで作成した。できは、今考えればとてもお見せできるものではない。
いよいよ、審査員の前でプレゼン、有友と二人で出席。何を言ったのかも覚えていない。
2001年3月、出張中の高知で採択の電話を受け取った。
■2001年10〜2003年9月
東京渋谷サンブリッジに入居

東京でIPOを目指し不眠不休のチャレンジが続く。
■2001年12月
水島新司先生「ドカベンプロ野球編」のキャラクターが、チケットになって登場する。

サイトがOPENしたとき、水島新司先生からエールが来た。
脳天にパイルドライバーをくらったようなエールであった。
「寝るな。」
この一言である・・・・。
水島プロの応接室で先生と話をした時のことである、
「最近徹夜してるか?」 「朝日が部屋に差し込んで来た時は気持ちいいぞー。」
すごすぎる・・・・。
そして最近出た本のページの最後に、水島先生は「夢の途中」と書いてあった・・・・・。
まだまだ修行をつまねばならない。

(2003年ドカベンのキャラクター変更により休止。)
■2003年〜
チケット予約システムASP販売

・AUイベント(2次元バーコード入場)RIP SLYME武道館。
・TOYOTA F1 AU公式サイト 2003,2004年
・TICKET YOU ウドー音楽事務所招聘のコンサートチケットシステム制作
■2003年〜2007年

マンションをインターネットで販売するシステム開発。
インターネットでお客様を接客するシステムの開発。

会員登録(ID.PW)発行。お客様のMYページ制作。One to one掲示板にて対話形式で商品販売。
MYギャラリーで写真UP。
ステップメール(来店後1週間後、1ヶ月後、1年後等)
お客様の誕生日にメール
メールマガジン機能、資料請求、見学予約機能
株式会社マルブン様の携帯サイトで、地方の飲食店では8000名を超えるヒットとなる。
お客様のCSに特化し、誕生日、記念日にイベントを仕掛ける。
異色のヒットを飛ばした理由は
赤白青カード。赤はクレーム、白は改善提案、青カードはおほめの言葉。
その秘密は・・ぜひ会員登録して・・・お試しください。
mb@marubun8.jp まで空メールを送信してください。
自社パッケージ
ホームページ更新ソフト 販売開始

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楽天やヤフオクのコンサルも手掛け、ITでお客様に喜んでいただくことをミッションに取り組む。

自画像書いてみました。
渡部雅泰 情熱の嵐 メルマガ抜粋 読んでいただくと何となく私のことが分かるかも
・情熱について
・決して誰にも負けたくない!
・「子供はどこから生まれてくるんだ?」
・ディズニーランド2日目 キャラクターブレックファースト
・青春18きっぷ
・「あおむしに スーパーのキャペツを食べさせたら死んだ!」
夢の途中
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